「管理員さんがいるから」「隣にも人がいるから」。
そんな小さな安心が、日々の暮らしを支えてくれています。
けれど、もし大きな地震が起きたらどうでしょう。激しい揺れに思わず身をかがめ、部屋の中では家具や食器が落ちる音が響き、揺れが収まると同時に、マンション内は一斉にざわめきはじめます。開くドアの音、階下から響く足音、誰かの「大丈夫?」という声。どの部屋からも人の気配があふれ、携帯電話の着信音や緊急速報が入り混じります。地震直後のマンションは、静寂とはほど遠い、緊張とざわめきの渦中に包まれていきます。
大げさに聞こえるかもしれません。
でも、これは「いつか」の話ではなく、明日にでも起こりうる現実です。
防災というと、特別な準備を思い浮かべがちですが、実は最初の一歩はとてもシンプル。「水を多めに買っておく」「モバイルバッテリーを備えておく」。そんな小さな行動が、不安を乗り越える力になります。
安心した暮らしを守るのも、結局は「自分たちの手」なのだと気づくこと。この記事が、そのきっかけになればと思います。
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安心につながる備え
歪んだ玄関扉をこじ開ける
一本のバール
地震直後、最初に直面したのは「玄関扉が開かない」という現実でした。
想像してみてください。激しい揺れで歪み、固く閉ざされた扉。その向こうにいるのは、高齢でひとり暮らしの方。中から叫んでも、電話をかけても、助けはすぐには来ません。外にいる隣人たちも、ただ呆然と立ち尽くすしかありませんでした。焦燥と不安が、時間と共に押し寄せます。そんな場面で力を発揮したのが、防災備蓄倉庫に備えていた一本のバールでした。数人の住人が力を合わせ、てこの原理で扉をこじ開けると、「ギギッ」と音を立て、重く閉ざされた扉が動き出しました。扉を開けることができた住人たちは全員が胸を撫でおろし、高齢者を安全な場所へ避難させることができました。
もしバールがなかったら、救助は遅れ、状況は命に関わる深刻なものになっていたかもしれません。
ここから見えてくるのは、防災とは特別な装備を持つことだけではなく、「必要なものを必要な時に使えるようにしておくこと」が大切だということです。 -
安心につながる備え
トイレ渋滞を避ける
便袋(簡易トイレ)の備え
断水が起こると、避難所の仮設トイレはあっという間に行列で埋め尽くされます。しかも仮設トイレは和式のものが使用されていることもあり、使い慣れていない小さなお子さまにとっては、体力的にも精神的にも大きな負担がかかります。長い列に並ぶ間、子どもはぐずり、高齢者は立っているだけで足が痛み、冬は寒さが身体を芯から冷やしていきます。夜中にトイレに行きたくなっても、暗闇の中で行列を待つしかないという現実は、想像以上の不安と疲労を生みます。
そんな状況の中、事前に簡易トイレ用の便袋を備えていたとしたらどうでしょう。自宅の静かな空間で落ち着いて用を足すことができるだけでなく、人目にさらされることがなくなるため、防犯面でも大きな安心につながります。特に女性や子どもにとって、暗い夜道や見知らぬ人の視線から解放されることは、身体的な安全と心の平穏を守るかけがえのない備えです。
そして、こうした便袋を管理組合として共用備蓄に加えておくことも、大きな意味を持ちます。災害時に断水が続いた場合、共用トイレや集会室などに備えがあることで、個々の家庭で備えきれなかった世帯や、高齢者世帯を支えることができます。
小さな便袋ひとつでも、その価値は想像以上に大きく、体力の負担を減らし、心の安堵を生み、さらに防犯上のリスクまでも軽減してくれます。普段の生活ではあまり意識しない便袋ひとつの価値が、災害時には家族や周囲の安心を守る「命綱」になります。
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安心につながる備え
命の水を確保した
コック付きウォータータンク
断水が長引くと、水の確保が生活の継続を左右する重大な問題になります。給水所には長蛇の列ができ、やっとの思いで手にした水を、バランスを崩してこぼしてしまったり、落としてしまったりすることも少なくありません。特に強い日差しや冷たい雨の中で運ぶ作業は、体力のある大人にとってさえ過酷です。
そういった状況下で心強いのが、コック付きウォータータンクです。取っ手付きであれば持ち運びもスムーズに行えます。地震でエレベーターが止まったマンションでは、階段が唯一の昇降手段になり、持ち運びがスムーズに行えることが一戸建て以上に重要なポイントになります。そして給水所から持ち帰った水を、蛇口のように少しずつ取り出せるので、衛生的で無駄も防ぐことができ、料理や飲み水、手洗いにいたるまで、日常に近い形で続けることができます。
水は災害時、何よりも尊い資源となります。だからこそ「どのように運び、どのように使うか」を意識した備えが欠かせません。コック付きタンクを一つ用意しておくだけで、数日の暮らしの安心度は大きく変わります。さらに管理組合として共用の防災備蓄倉庫に準備しておくことで、必要な時には複数世帯で分け合い、困っている隣人を支えることができます。
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安心につながる備え
心も温める
カセットコンロ
寒い冬の夜、停電で暖房も電気も使えず、部屋が冷え切った状況を想像してみてください。外は吹雪で、窓ガラスにあたる風の音が一層孤独感を増幅させます。冷たい非常食を口に運び、体を温めることも、体を洗うこともできず、心まで縮こまっていく感覚。暗闇の中、子どもの顔を見ては、胸が締め付けられるような焦りが込み上げます。そんな状況は、想像以上に心を蝕んでいきます。
そんなとき、普段は鍋料理用に使っていた小さなカセットコンロが、思いもよらぬ安心の灯火になります。火をつけると、まず部屋に温もりをもたらします。お湯を沸かし、冷え切った体を拭き、温かいスープを口にする。心までじんわりと温まる感覚が訪れます。寒さと不安で縮こまった体と心が、少しずつほぐれていくのが分かります。
火の灯りは、物理的な暖かさ以上の力を持っています。暗闇の中で子どもが安心して顔を上げ、笑顔を取り戻す。その表情を見た親の心も和らぎます。備えていた場合とそうでない場合では、単なる体温だけではなく、心理的な安心感の差にも直結し、日常生活の延長にある、自助の備えの価値を如実に示します。寒さや不安に包まれた一夜も、ほんの少しの準備があれば、家族の笑顔と安心を守ることができるのです。
小さな備えが、
大きな安心を生む
バールや簡易トイレ用の便袋、コック付きウォータータンク、カセットコンロ。共通しているのは、決して特別な道具や高価な備品ではなく、日常生活の中で手に入る小さな備えが、実際に命を守るということです。どれも普段は目立たない存在ですが、いざというときには家族と自分たちを守る力に変わります。
そして、こうした備えの意識が広がることで、だれかの「困った」を全体で支える仕組みが生まれます。それはマンションという共同生活ならではの強みです。ひとりの備えが、隣人を助け、やがて管理組合やコミュニティ全体の力となっていく。小さな行動の積み重ねが、ご自身やご家族だけでなく、マンション全体の安心を支えていきます。
家族のために、そして、マンションに暮らすみんなのために。
今日からひとつ、備えを増やしてみてはいかがでしょうか。